※さかなのにがにが.さんのお誕生日祝いで書いたお話(2024)です。青海とレプリカさんのお話です。
「レプリカさーん」
和装の女が、きょろきょろとあたりを見回しながら呼びかける。いないのかしら、と口では言いつつ、顔にも声色にも、不安の色は微塵もない。
「お渡ししたいものがありますのよ、レプリカさーん?」
「うるさいわね青海、聞こえてるわよ」
呆れたように言いながら、長い前髪で片目を隠した少女が現れる。青海、と呼ばれた女は、にこりと笑って「あら、うるさくしてごめんなさいね」と悪びれもせずに少女の頭を撫でた。
「一ミリも悪いと思ってないでしょう」
「わかりまして?」
「わかんないわけないでしょ。で、渡したいものってなに」
レプリカの少々のご機嫌斜めなど、彼女のあまのじゃくを承知で声をかけた青海には、爪の出ていない猫パンチ程度にしか効いていないらしい。んふふ、と含み笑いをして、片手に提げていた紙箱を持ち上げる。
「レプリカさん、甘いものはお好きかしら」
ふわ、と香った果実の甘さに、ぱち、と瞬きをして、レプリカが目を輝かせた。
「この匂い……りんご?」
「ええ。あまり凝ったものは作れなかったのですけど、りんごのケーキですわ」
青海が言うには、暁家のおやつとして冬によく作られるものらしい。小麦粉、砂糖、ふくらし粉、それから卵とりんご。なんならホットケーキミックスでも作れるのだというそれは、露青が小学生のころから作ってきたもの。
「じゃあ、これも露青が作ったの?」
「まさか。わたくしからのお祝いですわよ、自分の手で作ってきましたわ」
だからこそちょっと不格好なのですけど、と苦笑して、青海は紙箱を開けて見せた。出てきたのはクリームでデコレーションする前のスポンジケーキのような、地味な見た目のケーキだ。上端の角が丸くなっているところを見るに、フライパンで作ったのだろう。
焼いてからまだ時間が経っていないようで、柔らかな甘い生地の香りに、しっとりとした熱が残っている。
「……お祝い?」
「お誕生日だって伺いましたわよ」
「……あ」
「忘れていらっしゃったの?」
今日の日付とご自分のお誕生日、どっちを? と茶化しつつ、青海は手際よくケーキを切り分ける。丸ごと一ホール持ってきたのを六ピースに分けて、椅子を引き、レプリカを手招いた。ケーキの断面には、とろけそうに透き通ったりんごが見えている。
「受け取っていただけたら、嬉しいのですけど」
ことり、とケーキの傍らに添えられたカフェオレを見て、青海を見て、レプリカはもにょ、と口を少しばかりゆがめる。それからそっぽを向いて、ぽそりとつぶやいた。
「食べて、あげないこともないわよ」
おとなしく席に着いた彼女に、青海は「ありがとう」と心底嬉しそうに笑う。
「ばかじゃないの、青海は『もらったほう』じゃないでしょ」
「いいえ? こういうのはね、必ず受け取ってもらえるものでもありませんから」
なんでもないことのように言って、青海はレプリカの向かいの席についた。
「青海のは?」
「全部レプリカさんのですわよ」
「は?」
青海の席には紅茶だけ。思わず頓狂な声を出してから、レプリカは切り分けられたケーキをまじまじと見た。
「わたし一人でこんなに食べられると思ってるの?」
「冷蔵庫に入れておけば少しはもちますわよ」
「そういうことじゃなくて」
――青海の言うことももっともだし、『すべてはワニの腹の中』へしまっておけば悪くなることもない。一人で食べきることは不可能ではない、が。
「……もらったからには全部わたしのよ、っておっしゃるかと思って」
「どれだけ食いしん坊だと思ってるのよ」
「あら、いつかの貢ぎ物の時なんて……」
レプリカをからかいながら、青海は首を傾げた。
「わたくしもいただいてよろしいの?」
「わたしが食べてる間、ずっとニコニコ見られてたら気持ち悪いわよ」
ほら、と紙箱のほうへ置かれていたケーキナイフで掬い上げたケーキを、レプリカは皿に乗せて青海のほうへ押しやった。
「……そのひと切れだけよ」
あとは全部わたしの、と言うのに、青海はくすくすと笑ってうなずく。
「ええ、じゃあこのひと切れだけ。……たくさん受け取ってくださって、ありがとうね」
「……やっぱりばかなんじゃないの、青海」