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露青の日記_02

ご近所の田中さんからスイカをいただいた。
大層立派なのを丸ごと一玉、姉上曰く「2人で食べなさい」とのこと。わたしの腹ではあまり涼を食べられないのだが……
姉上は書き置きに「わたくしの分も残しておいて」と書いてきた。ずいぶんわんぱく扱いされている気がする。
切り分けて少しかじったら、甘くて体の火照りが取れた。田中さんによくお礼を言わなくては。

昨日切り分けたスイカのうちいくらかは、姉上がミキサーでスムージーにしてくれた。少し塩のきいた冷たくて甘い飲み物は夏の盛りに口当たりがよく、調子に乗って飲みすぎたかもしれない。
この日記帳は少々裏写りするようだ。
読みづらくなるので、ぜいたくだが裏は使わず次のページに書くことにする。

もともと両親や姉上を困らせる程度に食は細かったが、ここ数年、特に夏は酷い。
暑くてとても食べる気になれないが、食べなければ余計に暑さでバテる。
かといって部屋や体を冷やせばすぐに腹を壊すのだから始末におえない。
自分の体のご機嫌伺にも疲れるが、姉上に諸々を助けていただいている身だ。
精々大崩れしないように調えていかねば。

露青の日記_01

誕生日を機に、日記を書くことにした。
日付は飛び飛びになるだろうし、続くかもわからないが、思い付いたときに思い付いたことを書く。
買ったばかりの日記帳は少し書きづらい。
本の形をしたものに、横書きというのも慣れない。
だが、自分の書いたものがひとかたまりの手に取れる形になると考えるとくすぐったいものがある。
わたしは日々、何を考えて生きているのだろうか。

夕日に染まる空気

そろそろ日も落ちた頃か、と思い、買い出しへ行ったところ、空気が夕焼けに染まっていた。

空の色ではなく、空気が染まっているのを見たのは、初めてだったかもしれない。

建物や木々が色のついたかすみに覆われたようで、ふわふわとした夢の中のような景色だった。

湿度が高すぎてもやがかかり、それが暮れ時に色付いて見えたのかもしれないが、とても幻想的な景色に、外を歩くほんの数分が素敵なものに感じられた。

汗をかいても体内に熱がこもる気温と湿度には毎日うんざりしているが、やっと蝉らしき声が遠くからかすかに聞こえてきたこともあって、ようやく諦めて夏を迎える覚悟ができたような気もする。

今日は短め、そして誤字でイチから書き直す気力なし。昨日の夕暮れがきれいだった話。

楽しく食べたい

高熱を出しても具合が悪くても、食べることだけは一人前だったはずなのだが、ここ二年くらいで人並みに(?)食欲不振を感じるようになってきた。

ストレスがかかると無茶な食べ方をしがちで、しんどいときほど太るものだから、私はやつれたことがない。ひどいときは飲み込みきれていないのに次の一口を口へ入れてしまって苦しみながら食べていたので、一部の菓子パン類は今でも避けていたりする。吐くまで食べたことはないというのが少しばかりの救いなのかもしれない。

そんな私がまさか食欲がないからと一日に一食しかとらない時期が発生するなどと誰が想像しただろう。

さいわい今は朝に起きてさえいれば三食とれるように体調が戻っているが、「食べて寝る」をまともにできない生活は体もだが心をメタメタに破壊すると思い知ったので、このあたりをまともにできるように生活を整えなければ、と思っている。

しっかり動いて汗をかけば、よく食べよく眠れるのは経験で理解しているが、夏の暑さのなかで死なないように運動するのが難しいな、と頭を抱えているところだ。

補足しておくと、菓子パンを無茶な食べ方をしていたのは初めて会社に勤めたころだから10年くらい前。一日一食だったのは多分3か月前くらいの話。今はどうにか大丈夫です。

BGM

余計なことを考える脳の容量を削るために、起きている間中ゆっくりボイスの読み上げ動画を聞き続けている。人間の声は情報量が多すぎてだめだ。人と会話するのはもっと難しい。

どうでもいいことばかり、絶対に私に向けられたものではない言葉と、平坦な機械音声がただつらつらと流れていく時間は、本当に何も考えたくないときには最適だと思う。すごく時間を無為にしている気もするが、今の自分には必要な時間なのだろう、きっと。

とはいえ、考えなくてはできない作業もある。仕事のフォルダ構成を仕様通りに整えてリネームするとか、こうして文章を書くだとかは、耳から「日本語」やある程度「言語」とわかるものが流れ込んでくると一気にキャパを超えて何もできなくなるのだ。

頭を使う作業をするときには、人の声が含まれないBGMを流すことにしている。考えたいこと以外に割く容量を削ることで集中力が増すので、結局BGMは必要らしい。お気に入りのBGM作家を探すのが楽しいのだが、気に入りすぎると聞き入ってしまって作業どころではなくなるというのが悩みどころだ。

いまイチオシのBGM作家さん(MATSU様)良曲揃いなのでプレイリストぜひ聞いてみてください。大好きです。

ハッカ水のスプレー

暑さをまぎらわすために様々な小道具を試している。そのうちのひとつが、ハッカ水のスプレーだ。

アルコールに溶いたハッカ油を水で薄め、調合したときの気分でレモングラスの精油を混ぜた自作のスプレーは、五〇mlのびんを十日程で半分消費するくらい活躍してくれている。

服の襟やすそをつまんで中へシュッとひとふきすると、肌がひやりと冷える感覚。水分が気化して温度が下がるのも、ハッカの冷感も、ほんの一時的な効果ではある。しかし、それでも暑さはぼんやりして気もそぞろというときにはとても良い気分転換になるらしい。作業がダレてきたときすぐ手に取れる位置に置いて愛用している。

調合したときに調べた分量よりもかなり多めにハッカ油を配合したはずなのだが、あまり冷感が続かないものだから、そのうち水で薄めないハッカスプレーでも作ってしまおうか……と良からぬことを考えてしまう。おそらく肌に使うには濃すぎて刺激が強いだろうとは思うのだが、いらぬ冒険心を抑え込むのに苦労しているところだ。

去年までは市販の「濃厚」とかついてるタイプのハッカ水スプレー買ってたけど、あれを自分で再現できないものか。

パックごはんは天才の発明

サトウのごはんとかいう文明の大発明がお手軽すぎて、もう米を炊けない。

……というのは半分冗談として、実際パックごはんがめちゃくちゃに便利で、大変お世話になっている。レンジで二分温めるだけで良いというのは、食事を用意するハードルをずいぶんと下げてくれるものだ。

パックごはんをレンジで温めているスキに、卵二つを割りといて、シュレッドチーズかお気持ち程度のマヨネーズと混ぜる。熱したフライパンに流し込んだら、一気に大きくかき混ぜて、半熟手前くらいで火を止める。

温まったパックごはんを器にあけて、とりガラ顆粒とバターひとかけ、ケチャップを気が済むまで、お好みでチューブニンニクを足してムラなくかき混ぜる。

フライパンに取り残されていた卵をごはんの上に乗せてやれば、きよみ流雑オムライスの完成だ。

見た目の良くなりようもないし、野菜も一切入らないジャンク飯だが、ごはんに混ぜるもの次第で味変し放題のお手軽料理としてここ数年のレギュラーメニューを張っている。オススメしづらくはあるが美味しいので、ご興味のある方は試してみてほしい。

たまごは形を作ることを考えずに、フライパンの片端に寄せてわしゃー! とかき混ぜるのがコツ。ふわふわに仕上がります。

お手々しっとりの民

昔から、手がややしっとりしているタイプの人類として生きてきた。こうして手書きをしていると、左手を長く置いていた部分は少しばかり紙がヨレる。

子供の頃からそうだったので、紙をおさえる手はあまり同じ場所に置きっぱなしにはしないよう心がけるクセがついた。

このしっとりお手々、そう不便なこともないというか、むしろ便利だ。素手で洗い物をしてもささくれなど滅多にできないし、レジ袋も手を湿らせずにスッと開けることができる。手が滑ってものを取り落とすこともない。壁にはりつけるところまで行けたら、カエルかヤモリのようだが、今のところはクリアファイルを若干持ち上げる程度の能力にとどまっている。

便利な手なのだが、やはり書き物をするのに紙がヨレるというのはちょっとばかり厄介だ。

今日は何を書こうか、と袋から出してしばらく眺めていた紙の片端がたわみだしたのを見て、ついに触れずに湿気を与えてしまったか……? と思ったものの、エアコンを除湿で動かしていてもなお湿っぽい部屋の空気のせいということは明白だった。

学生の頃、学校の床がびちゃびちゃになっていたのを思い出しました。ゴムのトンボで寄せて流せるくらい、空気中から水が出る季節。

爽 とろける濃厚完熟マンゴー

まだ六月だというのに、暑い暑いとそればかりを日記に書きそうになる。

相変わらず夜間の方が熱がこもって、どうにも休まらない。体の外から冷やすだけでは足りないのかと、昨日の買い出しでアイスを物色してきた。

今日のお夜食は爽 蕩ける濃厚完熟マンゴー。濃厚の名に違わず、こっくりとしたマンゴーの甘さを存分に感じられる美味の一品だ。爽の四角くて大きなパッケージを手にとるだけでもテンションが上がるものだが、なかみがおいしければそれはもうお祭り気分。

しゃりしゃりとした氷の粒はかき氷のようでもあり、スプーンですくって少し粘る濃ゆさはぜいたくを感じるものでもあり。

胃に落ちるまでのわずかな涼だが、食べきるまでの間ずっと幸せでいられるから、やはり夏場の氷菓には抗いがたい魅力がある。

とはいえ年なのか、最近は爽をひとつ食べきるとそれだけで胃に不穏のカゲが見える気もするので、もう少し容量の小さなアイスを日々の楽しみにしようかと思う。

一日にアイスキャンデー一本くらいにしておいた方がよさそう。

梅干しブースト

どうしようもなく眠くてだるくて、したいこともすべきこともあるのに何もする気になれないとき。やっとこ体を起こせたなら、ひとまず口に入れてみるものがある。

コップ一杯の水と、一粒の梅干しだ。

横になってぐずっている間に失った水分を補うだけで気分が違う。ただ、そこに梅干しを追加すると魔法のように目が覚める……ことが、ある。毎回ではない。

電解質がどうとか、クエン酸がどうとか、そういう作用の何かが含まれているのだろうが、大事なのは食べて元気になれる可能性がそこそこ高いものを冷蔵庫に常備しておくことが比較的容易ということ。そしてそれが、ひとくちで手軽に食べられることだ。

何もする気になれなくても、調理不要な梅干し一粒なら口に入れてやってもいいか……と体を起こせてしまったりする。それで起き上がったら、しょうがないなあ……とひとつくらタスクを片付ける気になることがあるので、小さな一歩目として大変優秀なのだ。

いくら夏とはいえ、塩分過多はおそろしいので、梅干しブーストは一日一回と決めている。

塩分5%、蜂蜜入りの甘い梅干しが好きです。

夜間にこもる熱

一般的に、日中は日が出ているため暑くなりやすく、夜間は逆に気温が下がりやすい。……はずだ。

このところ、日付が変わるような夜中にむやみに暑くなる日が続いているのは一体どういうことなのだろう。日中からエアコンはずっと同じ温度で設定して稼働させているのに、日中冷えすぎたと思った設定温度のまま、夜はじわじわと汗ばむ暑さになる。

どうにも体の内に熱がこもっているような感覚で、こうしてものを書くのにわきを締めているだけで体内の熱が散らずに増幅されていくようだ。まったくもって不快。

四肢を冷水にでも浸せば楽になるのだろうが、眠るときにまで水に浸かったままではいられないのが難点だ。ベッドにこもる熱もあって、最近は寝付くのに時間がかかる。

人間の体が水中生活に適応できるものであったなら、私はすぐさまプールをすみかとして生きるいきものになっていただろうと思う。昨今の夏の暑さでは空冷式の体温調整はナンセンスと言わざるをえない。

水冷式人間ボディに換装できる日を夢見て、エアコンの真下で大の字になる日が続いている。

サザエのつぼ焼き

いただきもののサザエのつぼ焼きと格闘してきた。

フタが奥へ引っ込んでしまっていて、爪楊枝を差し込むすきまがなかったのだ。ザラザラとしたフタの表面を滑るばかりでどんどん削れていくつまようじは、江戸時代の歯ブラシかと思われるほどに先端が避けてケバケバになっていった。

すきまを作るべくフタの片端を押し込んでみれば、じゅわりと汁があふれてくる。焦らされている気分で行儀悪く汁を吸って、つまようじではらちが明かないと持ち出したのはフォークだ。口に対して幅が広すぎるので、本当ならマイナスドライバーが使いたい。

片端を押し込んで浮いたもう片端へフォークの先をひっかけて、かりかりと少しずつゆすって引きずり出す。ひっかけきれずにフタからフォークが外れると、カリンバのような音がした。

フォークでは扱いづらい、とつまようじに持ち替え、つまようじが折れたからとフォークに持ち替え、つまようじ三本が殉職した頃、ようやくフタが外れ、サザエの身を引き出すことに成功した。ぎゅっと締まった身の弾力と一緒に、旨味と苦味と達成感を味わった夕食だった。

身を取り出すのに休憩挟みつつ20分くらいかかってた気がするけど、食べるのは一瞬でした。おいしかった。

かつて祖父がなにに使うでもなくサザエのフタを集めていたのを思い出しました。おもしろい形してますよね、サザエ本体も、フタも。